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愛とオセロ

直江兼続といえば「愛」の前立の兜が有名だ。
その愛の字だけがクローズアップされることもあってか
多くの創作物で彼が「愛の精神に則って戦国の世を生き抜いた」
かのように描かれることが多いように思う。

「天地人」においても千利休の茶室で家康と兼続が同席し、
愛の旗印の意味について問答する場面がある。
また朝鮮出兵を控える上杉景勝と兼続に家康が
「此度の戦、愛だの義だのと言っていると大怪我しますぞ」
と皮肉を込めて嫌味を言い放つシーンもある。

家康が愛という概念に理解があったかどうかは知らないし、
無論小生が明確な見識を持ち合わせているわけではない。
ただ愛に似て非なるもの、については自分なりの見識がある。

人をオセロ盤に例えると、白い石が肯定できる部分、
黒い石が改善点となる。
改善点を肯定できる部分に変えるには白い石ではさめば
いいのだが、そのためにはまず黒い石がどこにあるかを
知らなければならない。
それはなかなか自分では見えないので他人に教えてもらうことになる。

ところが黒い石があっても「うん、白いお。大丈夫だお(^ω^)」
と色眼鏡をかけてアドバイスする人がいる。

そういうアドバイスを受ければ安心するかもしれない。
ただし永遠に黒い石は黒いままだ。

また白い石があっても「むむっ、真っ黒だΣ(@д@;)これはいかん!」
と全てを否定する人もいる。

そういうアドバイスを受ければとことん不安になるだろう。
改善意欲を与えることにはなるが、下手すると
現時点で白い石まで黒くしてしまうかもしれない。
小生の主観にすぎないが前者は新興宗教、後者は悪徳商法に多い
「愛に似て非なるもの」に思える。

やはり的確に黒い石の場所を教えてもらい自分の手で白い石を
置いてひっくり返すのが一番望ましい。
ただし中には「じゃあ白くしてちょうだい」と、アドバイス
だけでなく、直接手を下して欲しがる人もいる。
誰かが己の盤上の黒石を白く置き換えてくれる、それこそが
「愛」だと信じて疑わないのだ。
自分を改善するのは自分ではなく、他人だと思っている。

あるいは自分を改善する努力・苦労をしなければならないのなら
誰かに幸せだと思い込ませてもらったほうが余程楽だと考える。

なんて偉そうなことをのたまってはいるが小生自身がまさに
そんな信念の持ち主だったのだから恥ずかしい限りだ。

家康の嫌味がこう聞こえる。
「愛をはきちがえていると、大怪我しますぞ」と。

ハト時計は大怪我したにも関わらず、それをただの不運と思っているのか。
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Author:ヲイゲンシュタイン1世
三十路以降パッとしない自分に幻滅中の2児の父親。
子供以上にカーズはまりつつある。
いや、カーズ以上にはまっているのはONE PIECEだが・・・。

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