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衣食足りず、礼節を知らず・・・貧乏な家に生まれるということ

ノーベル物理学賞、お三方同時に受賞おめでとうございます。

中村さんは研究を続けられた原動力を「怒り」と答えた。

自分の場合、原動力は「恨み」だ。
通常の家庭に生まれれば、まず恨みなど抱かなかっただろうが。。。

貧乏な家に生まれるということは「衣食が足りない」ということだ。
おもちゃの類を満足に買い与えられたわけではない。
将来に備えて何か習い事に通っていたわけでもない。
ディズニーランドとか、家族旅行で楽しい思い出があるわけでもない。
打ち込むことがないので、とりあえず学校の勉強に打ち込むほかなかった。
その結果、勉強はできる方だった。クラスの成績も常に上位をキープした。

中学生の時、高専に行ってみないかと先生に言われた。
5年間、寮生活で当時興味を持っていたロボット工学の分野で学べるというのだ。
しかし、そんなお金が我が家にあるはずもなく・・・。

二人いた兄と同様、町内の工業高校へ進学した。
理由は就職に有利、だからだ。
兄は二人とも高校卒業後に就職した。

高校生の時、また担任から大学に行かないかと誘われた。
(そもそも大学行くんだったら、工業高校じゃなくて、進学校へ進んでたよ・・・)
この時若干心が揺らいだ。
しかし、兄から横やりが入った。
「俺ら二人とも高校でて就職して家にお金入れとるんやさかい、進学なんかあかんぞ」
兄たちからすれば、自分たちは我慢して就職しているのだからお前だけ抜け駆けは許さん、という気持ちだったのだろう。
ただ結局、そのような横やりなど関係なく、先立つお金がないので進学は諦めた。

先生から今度は就職先として関西電力を進められた。
順当に行けば相応の収入になることは間違いがなかった(原発勤務だろうけど)
ただ、進学の望みが絶たれたことで絶望し、その斡旋すらも断ってしまった。

結局自暴自棄になって、地元の某工場で働く道を選んだが、どうしても納得できなかった。
同世代の友人たちは大阪や神戸に出て、悠々自適な学生生活を送っている。
時々彼らの家に遊びに行くことがあったが、自分の境遇とのギャップを埋められず、悶々としていた。

そんな時、高校の恩師のもとを訪ねた。
恩師、と言っても自分の担任ではなく、兄の元担任で、部活動で関わりのあった人だった。
その恩師は昔、新聞配達をする苦学生だったという。
新聞奨学生、という道が開けたのはその恩師のおかげだった。

その後、大阪に出て新聞奨学生としての生活が始まった。
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Author:ヲイゲンシュタイン1世
三十路以降パッとしない自分に幻滅中の2児の父親。
子供以上にカーズはまりつつある。
いや、カーズ以上にはまっているのはONE PIECEだが・・・。

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