スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

受け継いだもの

もう20年以上前の話である。
小生は町内の幼稚園まで送迎バスで通っていた。
朝はバスの乗降地点まで祖母に連れられて行く。
帰りはバスを降りると祖母に迎えられて家路につく。
祖母はよく小生にこう言いきかせていた。
「お父ちゃんもお母ちゃんも一生懸命仕事しよってやからなぁえらいんやで」

父は朝5時半には起き、6時には車に乗って家を出発、
2時間近くかけて西宮の酒造会社に通っていた。
それで家に帰ってくるのは夜の7時。
休みの日といえば朝から晩まで野良仕事で汗と泥にまみれていた。

母はもっと早く朝5時には起床、家族全員(父、祖父母+子供3人)の
朝食と子供の弁当を作り、朝食の後片付けと洗濯をし、
8時にはパートタイマーで勤めに出ていた。
仕事が終われば夕食の支度をするため買い物に出かけ、
夕食の準備と後片付けに追われる。
祖母もまた朝から晩まで野良仕事に従事していた。

また風邪を引いても一切仕事を休まず、病院にも行かない。
フツーに仕事、農作業、家事をこなしていく。
一切泣き言を言わない、まさに鉄人のようだった。

旅行や外食など、趣味や娯楽と呼べるモノは一切なしで、質素倹約で出費を抑え、
家族を食わせていくためにずーっと働き通しだった両親。
およそ世間で言う「ぐーたら」な人間とは対極の生活を送っていた。

「嫌なことがあっても我慢して、必死に耐えて頑張らなあかんで」
学校や会社のことで相談したら、真っ先にこの言葉が帰ってきた。

両親は戦中生まれで、高度経済成長期を支えた俗に言う「金の卵世代」だ。
貧困に喘ぐ家を助けるため、中卒後は集団就職の汽車に乗り込み、
急成長で労働力不足に悩む阪神間の企業に働きに出て行った。
(ここで企業が欲する労働力とは低賃金で黙々とロボットのように働く奴隷だ。
今の価値観で是非を問うことは出来ないが、そういった奴隷のように働く
世代がいたからこそ日本は物質面では豊かになれたんだと思う)
そんな両親から学び取ったことはなんだろう?思いつく限り挙げてみる。
1.我慢・忍耐は正義
2.真面目・勤勉の尊さ
3.労働は美徳

1.我慢・忍耐は正義
これは大事だと思う。
昨今のニュースを見ていると、自分の思い通りにならないからといって暴れる、人が多い。
あるいは些細なことで文句や愚痴を言ったり他人を責めたりして周りを困惑させる人が多い。
これは子供に限らず、いい年こいた大人でもそうだ。
食べたいものが食べられないぐらいで文句言うな、食べられるだけでもありがたく思え。
バスがちょっと遅れたぐらいでぶーたれるな、バスが来るだけでも良しとしろ。
(沖縄の知人に聞いたことがあるが、沖縄ではバスがフツーに遅れるそうである。)

小生は我慢強いほうだと思う。ただ弊害がある。無駄な我慢が多いということだ。
文句を言う=自己主張という認識なので、自分の本音をろくに語れないのだ。
自分の本音を語れないものだから常にタテマエで自分を取り繕うしかない。
本音をズバズバ言うのは子供だけだ、と思っているので余計にたちが悪い。
また理不尽な物事に対して戦うという姿勢がなかなかない。
何事も我慢してやり過ごそうとしてしまう。そして破綻する。
我慢しすぎも良くないのだが、なかなか改善できない。

2.真面目・勤勉の尊さ
金の卵世代は確かにそうだったかもしれない。
ただ高校生の時、就職活動の面接の練習を学校でやってた時に
「真面目さ、勤勉さを十二分にアピールするように」とレクチャーされた。
(田舎ではまだまだ真面目・勤勉が通用するのかもしれないが)
しかし今の時代、真面目・勤勉だからといって「それが何か?」といわれる。
真面目・勤勉が水戸黄門の印籠のように通用する時代は終わってしまった。
「定刻よりも早く出社して仕事」>「定刻どおり出社せずに仕事」
という公式が崩れつつある。

3.労働は美徳
きっとこの言葉を聞いて喜ぶのは共産党関係者と企業経営者だろう。
そしてこの言葉を信じるものは「働かざるもの食うべからず」と強く思っている。
働かないやつは生きる資格なしと思っている。
朝早くから会社に行き夜遅くまで仕事、あるいは徹夜することが正義だと思っている。
私生活なんてクソ食らえ、人生を仕事に没頭させることが評価に値すると思っている。

実際のところ小生はそう思って生きてきた。
ところがそれで得をするのは誰なのか?企業経営者だ。
社長に言われたことがある
「君には損得勘定がないのか?」
確かになかった。そこにあったのは宗教的観念だけ。
どんなに辛くても我慢してたらきっといいことがある、
親の言うようにいやなことに耐えてさえいれば報われる、という稚拙な。
ちなみに妻は「よいカモになるな、悪いカモになろう!」をモットーとしているが
小生はその真逆を地で進んでいたのだ。(その件はまた別の機会に。。。)
根本の原因は「労働は美徳」を「労働者はイチバン偉い」と履き違えたことが原因かと思われる。

労働は美しい。ただ労働は人生を豊かにするためのパーツであって、
労働のために人生を捧げることが美徳とはいえないはずだ。
労働は権利であると同時に義務でもあるが、敢えて奴隷になる必要はない。

そして「労働は美徳」を「労働の伴わない勉学に意味はない」と拡大解釈するようになった。
ただのヒガミである。自分が親の金で学校に行けなかったからといって、自力で学費を稼いだ自分を神格化し、
親の金でのうのうと学校に通っている連中を「悪の枢軸」と見なしたかっただけである。
自力で学費を稼いで学校に通うことは(仕事と勉学の両立という意味で)確かに素晴らしい。
だからといって他力で学校に通う人間が劣っているとは言えないはずだ。
最近は「労働の伴う勉学はただの苦痛でしかない」と自己否定に走っている。。。。。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
このブログをリンクに追加する
ランニングChammy
プロフィール

ヲイゲンシュタイン1世

Author:ヲイゲンシュタイン1世
三十路以降パッとしない自分に幻滅中の2児の父親。
子供以上にカーズはまりつつある。
いや、カーズ以上にはまっているのはONE PIECEだが・・・。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。